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読書力復調 

 ナントカ力ってつければいいってもんじゃないだろうとかいいつつ自分でつけてしまった。つい便利で…。
 私は妊娠発覚後から今に至るまで、しばらくまともに本読めなかった。活字追えない状態でした。

 妊娠しちゃったし今から仕事探しても仕方ないし、なら腐るほどある時間を使って、のんびりゲームだの小説だの漫画だの読みまくっちゃえー♪なんて思ってたはずなんだけど。安定期に入った頃か?旦那が買ってきた銃夢3巻を読もうとしたところ、あれ?なんか読み進めにくい、という印象を受けた。話がわかりにくい。何度も台詞をリピートして読み返して、いっしょうけんめい理解しようとして、やっと意味がわかる。いやいやいやいくら説明がやたらと多いタイプのSFだからといって、その辺が意味わからなければさらっと流して読み進める技術ぐらい私は培ってるはずだ。なんだこの「なにいってんだかさっぱりわかんね」感。専門書だってここまで理解不能じゃない。そして、通常以上の酷い忘れっぽさ。3ページ前の展開も忘れるていたらく。
 私より読書量は断然少ないはずの旦那に訊いてみたところ「フツーに読める。あーまあちょっとややこしい説明が出てきたけど…」『ちょっとややこしい』。私の認識としてはそんなレベルじゃないんだよなあ。
 別の小説を読み始めて、やっぱり非常に読みにくくて、頭に斜がかかったようになってるのを振り払いながら、必死に1、2行の文を何度も何度も読み返してるうち「これ、無茶苦茶眠いときに頑張っても文章が全然まったくちっとも頭に入らない現象?」と気づいた。けど自分は全然眠くなかったので、そこでやっと自分がなんかおかしくなってしまったことに気づいた。……妊娠発覚直前に読んだ本の感想にも「時間かかった」とあって、今思えば兆候だよなあ。当時は自覚無かったんだなー。
 軽いエッセイ物はだいたいいける、小説は(私が好むようなものは)ほぼ無理。漫画は、話が込み入ってなければ大丈夫。ただし活字多い奴は無理。という感じでした。

 妊娠中にいろいろ聴いた話だと、こういう人は決して珍しくないらしい。もちろん個人差があるし、「妊娠中は時間がいっぱいあったのでたくさん本読めました☆」って話も聴いた。でも、理解力が落ちる、頭がぽやぽやする、本が読めなくなる、要は「頭悪くなる」というのは、よくあることらしい。まー。。精神状態維持するために大事なメカニズムなんだろう…。考えられないことにたまにイライラするけど、それすらも「あーもーいいや」みたいになってたし。

 忍耐使って本を読むってことは私には滅多になく、活字を読むことに努力が必要であるという状態に我慢ができず、そんな状態なら本読む意味は私にはないよ!必死になってる自分を認識しちゃって現実逃避できないじゃん!ということで、読まなかったのです。読む気があるのに読めない(というか読むのに並々ならぬ努力が必要)ってかなりしんどかったので、それを手放したというか。いやしかし、面白い経験をできたとは思う。本を読むのは、力だったんだ…。と、びっくりした。子どもの頃からの読書習慣が大事といわれる意味を垣間見た気はする。私は読まない人を「面白いもの敬遠するなんてもったいない」と思ってたけど、読まない人は面白さにたどり着く前に、根気が果てたりするんだろう。

 産後もずっとその状態を引きずってて、とてもしょんぼりしてた。慢性的な睡眠不足が原因だったところもあるとは思うんだけど。「また本読めるようになるには、一から活字読む努力しなくちゃなのかなあ。もうずっと、あの息するように活字を飲み込む感覚は戻ってこないのかなあ」と。本は読みたいけど努力ができない私だ、徐々に本の楽しさを忘れようとしてしまうじゃないかと、そんな自覚が辛かった。

 で、最近昔なじみの方とかとtwitterで話したりすることが増えて、その周辺の方々に触発されて、リハビリしたくなって、やってみたのだ。……恐ろしいことに、「本が読めなくなった!」と認識してから初めて、まともに一冊読み終えた。漫画はそれなり読んでたけど、小説はほんとに読めなかったので。えーっと、2年ぐらい読まなかったのか。
 2ヶ月前にチャレンジしたときはすぐダウンしてしまって、へこんだりもしたのだけど、良かった。読み切った。とっても嬉しいことに、辛くなかった。さすがにスピードと理解力は前より落ちてるなーという実感があったんだけど、あの、活字を読んでその意味がさらさらと入ってくる感覚は取り戻せてた。これこれこれこれこれだよおおお!!と思いながら、一昨日から昨日にかけて、「パプリカ
(筒井康隆)」を読みふけったのだった。面白かったよ。

 娘が夜続けて寝てくれるようになった時もちらっと思ったけど、やっとこれで「産後が終わった」って気がする。もうひとつの大問題「産後の余波」である体重は、あとちょいです。夏になるんで多分いけるんじゃないかな…。

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2週間後検診 

 本日はレーシック2週間後検診だった。
 通常は1週間後なんだけどね。私、4日目くらいで駆け込んだから、ちょっとずらそうかって話になりまして。

 結果としては 右目:1.0 左目:0.8 両目:1.2 傷などもなく、まったく問題無し。
 その後ドライアイの調子はどうですか?と訊かれましたが、まあ訴えたいほどのものは無し。
 昨夜寝不足なのもあって、ちょっと今日は見えにくいなーという状態だったので、普段だと視力はもうちょっとあるのかも。まあでも、正直見え方はこの辺がベスト。趣味がことごとく近場のものを見るものなので、近くの物が見えにくくなるのもちょっとしんどいので。

 順調すぎて何も書くことがない。
 いまだに「あ、メガネはずs…なくていい」「あ、コンタクトはz…さなくていい」みたいなことはやってます。見えるのに「メガネしなくちゃ!」と思ったことはないんだけどなー。見えると「あ、レーシックしたんだった」と思う感じ。

 それにしても、制汗剤やらのにおいをおつけの皆様。いい季節でございますので、なにとぞ、なにとぞ、控えめになさってください。沿線柄か?日比谷線でまさかの電車酔いしたわ。

天敵との格闘 

 それは、来客のために、台所の掃除をしていた時のこと。
 私が一般的にこの世で最も嫌う生物、蜘蛛が目に飛び込んできてしまったのだ。いつもならピントが合う前に眼をそらして現実から逃げるんだが、レーシックをした目はそれを許さなかった。うわーばっちり見えちゃった…。
 取りあえず、台所からとても俊敏な動作(多分)で移動。よく考えてみれば、ここからして普段とは違う。私、蜘蛛と目が合うと金縛りっぽくなるのが常だった。逃げれた。なんと…。もしかするとよく見えたので、蜘蛛がどっちの方向を向いてるのかがわかるので、隙を見れたのかもしれない。

 時刻は昼下がり、旦那はいない。娘は昼寝中。いや起きてても頼ることは不可能だが。
 取りあえず気分を落ち着かせるためにtwitterでどうしようもないことを呟く。「今すぐあの蜘蛛蜂にならないかな」とか。「蜘蛛は守り神様だよ、益虫だよ」という応援を頂いたりもするがいやあの、そんな説は重々承知の上で…。そこに「逃げちゃって大丈夫ですか!?(見失ったら余計怖いよ!)」という指摘。
 そうだ。これから夜まで放置するわけにもいかない。娘にごはんもあげねばならず、そのためには台所を使わねばならず、台所を使うには怖い物を排除せねばならない。そうこうしている間に見失ってしまうかも知れない。私がんばる。

 意を決して、台所に入る。蜘蛛すぐ見つかる。……喜べない…けどいなくて嫌な奴と出会うために探すよりマシ…。
 この期に及んでやはり殺生は苦手なので、「嫌いな奴のためにダブルパンチでたまるかー!!」という論理のもと、ティッシュで捕獲を試みる。奴は移動したり跳んだりする。そのたびに凄まじい悪寒がはしる。鳥肌は常時装備。気を抜くと手がガタガタと震える。あー、ほんっと、私蜘蛛嫌いなんだなあ…と、変なところでしみじみした。いや、蜘蛛を怖がるのは習慣みたいなもので、いざまっとうに対峙すれば、わりといけんじゃね?と思ってたこともあったんです。そうでもなかったです。二度と嫌だ。
 何度めかで、蜘蛛がティッシュに足を着地し、その状態のままティッシュで柔らかくくるむ。げげげげget!getはいいけどいやよくないけど早く手放したいいろいろ考えたくない今ティッシュ越しに手にアレがあるとかそんなことを思い出したくない、などとかなりテンパった状態で、台所の窓を開けて、外でティッシュを振る。蜘蛛は離れた。きちんとこれが見えるのはレーシックのありがたさか…。前はよくわかんなかったもんなー。

 ぐったりしながらティッシュを始末し手を洗い、twitterで報告とやかましかったことをお詫びし、ねぎらいのお言葉を頂いたのでした。あーもうほんと二度とやりたくない。勝てるとか勝てないとか、そういう次元じゃないわ。やっぱり、私前世は蜘蛛に補食された羽虫とかなんだよ。

 その日の夜、私の人生経験の中歴代屈指の悪夢を見た。夢でまで苦しませないで頂きたい。


 ちなみにあまり日常生活では遭遇しないけど、私がもっとも嫌な生物はプラナリアです。怖い。ほんと怖い。頭が増えるとか駄目。アイデンティティとか考え出すとほんとだめ。

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