スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

2009年3月25日のこと 

 いわゆる出産レポ。
 そっち方面の耐性のない方は読むのをおやめください。安産だったお陰もあり、他のレポより衝撃度は薄いと思うけど、それでも出産ですから。

 あと、私と顔見知りの男性もあんまり読んで欲しくない。これだけこっそり書く理由の第一はソレダ。まあ希望なだけです。

簡単な情報。

・普通分娩。
・妊娠発覚時のBMI:17.3 出産時までの体重増加:13.2kg
・安産。入院から出産まで4時間くらい。
・夫立ち会い。嫌がってたけど、妊娠後期に心変わりした。私が。
・女児。2718gと少々小さめ。
・出産2週間前から「いつ産まれてもおかしくない」といわれていた。

前提のお話 -立ち会い出産-

 言葉の意味はわかると思うけど、分娩時に、妊婦の身内が立ち会うこと。
 旦那は妊娠発覚時から、立ち会いたいといっていた。崇高な理由などはなく、「滅多にない機会だから見てみたい」的な。で、私は「冗談じゃない、痛みに取り乱すのがわかりきってるのに、そんな醜態を人に見せたいわけがないだろ」ということで、却下してました。旦那は、「まあお前がだめっていうなら…いい環境で産むのが第一だからね」と一応納得はしてくれていた。いやほんと、痛みに弱いからね。痛みのあまり旦那に向かって暴言吐いて、出産後に「え?おぼえてなーい」とケロっと無かったことにできる自信もなかったし。自分で無かったことに出来ない場合、無茶苦茶へこんじゃうだろうし。
 妊娠後期になってから心変わりして、まあ立ち会いでもいいかと思い始めたので、許可したのですが。心変わりの理由は、次があるかどうかもわからないほど滅多にない機会って点と、妊娠生活中に非常に楽させてもらったという点。かなり穏やかに過ごせたし、旦那が色々やってくれていたしうるさくなかったので、報酬というかなんというか。
 「旦那が色々自覚が足りなさすぎるから、認識を改めてもらうために(妊婦から夫に)立ち会いを希望する」というのがわりとスタンダードな理由の中、幸せだね私は。
 立ち会い出産にすると産院に申し出た当日に、旦那にもそれを伝えたところ「へー」で流され、2ヶ月後くらいに「結局俺は立ち会えるの?どうしたらいい?」と訊かれたりもしましたが。…聴いてないなら相槌うつなよ。

本題のお話 -出産当日-

06:30頃
 おしるしがあり、そのまま腹が騒がしくなる

10:00頃
 陣痛だと確信。痛み中はそんなに動けはしないものの、治まれば全然余裕。並行して部屋の掃除をしまくる。痛くて動くのがだるくなって、途中でダウンしたけど。

11:30頃
 旦那に連絡を入れて、「取りあえずまだ時間かかると思うし、入院確定したらまた電話するから、そしたら帰ってきてー」といって電話を切る。
 5~10分という陣痛間隔。ばらつきがありすぎて、計算するのもかったるい。あ、そうそう、陣痛ポンというソフトにお世話になった。掃除したりシャワー入ったりしているうちに、大雑把に見て、平均7分間隔?になったため、病院に電話をして指示を仰ぐ。「焦らずに入院準備していらしてください~」とのことで、焦らず病院に向かう。タクシーは相変わらず捕まりにくかった…。電話の近くにいくつかタクシー会社をメモしてたんだけど、電話しても、近くを通ってないといわれること数度。迎車費用がかかるところはさくっときてくれました。つまりはそういうことなんだろうなあ、とか、このころは思える余裕があった。ちなみにさくっと来てくれたのは日本交通さん。ちなみに、タクシー会社のメモには、自分の家と病院の住所と電話番号も書いておいたけど、やっぱり訊かれて役に立ったので、出産時にタクシーを利用する予定の人にはお勧めしておく。住所覚えてないのなんて私だけだって?まあそういうなよ。
 焦らず、と書いてはいるものの、実は、タクシーに乗ってから入院に必要な書類を置き忘れたことに気づいて、引き返してもらった。そういえば、雨が降ってたな。

14:00頃
 病院到着。するすると陣痛室に通される。…なんでだ?そんなせっぱ詰まってるのか?(あとに訊いたところによると、たまたま病室がすべてふさがってしまっていて、そこしか案内できなかったそうだ。まあ、その後のパターンを考えるに、あそこで良かったんだけど)
 病院の服に着替え、いろいろ検査。実は興味本位から楽しみにしていたノンストレステスト(NST)という検査、ここに来て初めてやった。お腹の張りを調べるらしい。痛い(というか張ってる)と、お腹につけた器具からベッド横の機械の方で察知して、ぐぐーっと表示される数値があがるのだ。面白かった。おお、78までいった!80台きた!とか。MAXいくつなんだろう、聴いてみれば良かった。数字がさがればそれにつれて痛みも消える。いや、逆なんだけどね?痛い(というか張ってる)から数値あがってんだけどね?この検査で、だいたい6、7分間隔といわれる。

 終えてほっとして、さて許可も出たことだしPHSを…と思ったところで旦那到着。って、あれ?
「なんでもーいるの」
「あの電話切るなり、みんなからモウカエレっていわれた」
 …ありがたいことです。

 婦長さんが来て(って、なんでいまだに師長じゃなくて婦長なんだろう。と思ってこの間母に話を振ってみた。「公式の場とか、書面では『師長』なんだけど、現場じゃ全然余裕で『婦長さん』って呼ばれるわねえ。患者さんじゃなくて、職場から」「…呼ばれる側が気にしてないのってアリなの?じゃあ別にわざわざ呼び方変えなくってもいいんじゃん」「いやいや、そういうわけにもいかないから」とのことでした。まだそんなもんなんだね)、「このまま入院してもいいけど、帰ってもいいわよ?帰る?」と、意味のわからんことをいわれる。この状態で動くの痛いし、これ以上辛くなってからまたタクシー手配するとかやだよ。とムカっとしたのだけど、子宮口を調べた途端「あー入院しましょうね、そうね入院がいいわ」とコロっとかわった。多分どんどん開いてるところだったんだろうけど。さっきの発言はどういう意図だったのだろう。いや…うん、人が多くてできれば帰したかったんだろうね…。

17:00頃
 旦那に「痛いときは痛いよー」と訴えてる間に、どんどん痛みが強くなって、痛くない時にもまともに思考がはたらかなくなってきていた。陣痛を促さなきゃいけないんだけど、促すと激しく痛く辛くなるので、自分が楽したいのか苦行したいのか、わけがわからない状態。自分で時間を計ることもできず、「何分間隔?」と旦那に訊くと、「3分かな」というお返事。ふざけるな3分も無痛時間があるわけないだろ!と思うけど(痛み開始←3分→痛み開始 というはかり方で、痛み1分位をひけば無痛時間は2分弱で、まあそんなもんなんなんだけど、痛みでその辺ぶっとんで計算できなかった。名誉のためにいっとくけど、こんな単純な計算すら、推測する思考回路が働かず、類推しようという気概が持てないほど痛かったって話だよ!)、「ウソだ」と声を漏らすしかできず、便意を催した気がしてトイレにいくも、なんだかよくわからず便座カバーに背中をがんがん打ち付けたり、あまりの痛さにベッドを平手打ちしてたりした。うっすらとおぼえてる暴行?はこれくらい。あとは、痛くて悶えるのに邪魔で、どっかについてた旦那の手を振り払ってた気もする。他は知らない。なかった。少なくとも暴言とかは吐いてないはず…。

17:30頃
 体の穴のなにか(言葉をにごしてるのではなく、ほんとにわからない。内臓だよねってくらい)がぐわっと開いた感じがして、痛がる自分をなだめようとしている旦那に「ナースコールして!!」と叫び痛みに耐える。これは便意とかじゃねえ、もっとデカイもいんだ。とやっと気づく。今思い返すとたぶん、取り乱してる頃は、いきみに耐えてたのかな…。あれ、むっちゃきついぞ…。出産って、痛み自体よりいきみ逃しのが辛いだろ…。
 内診してもらったところ、「おー。分娩室行こうね。がんばったね~」あーやっぱりな…。でも、初めてのことで自信が無かったから、合ってて良かった…。

17:40頃?
 分娩室では色々処置?をして、点滴って、この期に及んでなにを送り込まれてるんだろう…とか思いつつ、いきみの誘導をしてもらったりしながら必死に頑張る。ちなみに、分娩中の緊急事態に備えて、血管確保する目的の点滴だったみたい。何が入ってたのかは、いまだに知らないけど。
 あと、分娩台に足を固定されるんだけど、体の硬い私にはかなりきつかった。分娩後の措置の間、真っ先に足おろして欲しかったくらい。…まあ、私、私より体固い人って2人くらいしか見たことないくらい硬いから、普通の人はんんお問題もないのかも。
 で、必死に頑張ってたつもりだけど、後日旦那が撮った映像を見たところ、いうこときいてるつもりで50%以上聴いてねえw
「そういう息じゃ赤ちゃん辛いよ、もっと長ーく吐いて酸素送ってあげてー」
「はいーゼーハーゼーハー(変化なし)」
 みたいな。本人ギャグでもなんでもなく、ものすごく長く吐いて限界のつもりなのです。これ以上無理と思ってるのです。実際、声に出して「ふーーー」とやってみると、できるもんなんだけどね。何故かこれ以上は息のばすの無理と思いこんでた。ちうか、ぶっちゃけ、長く吐くと痛かったからなあ…。耐えにくかったのかも。で、長く吐こうとすると「ウクーーーーー」みたいな「声」になってましたな。その方が楽だった。
 「まさか今日中には産まれないだろう」と夫婦揃って思ってて、当事者の私はともかく、旦那は、あまりにも急展開すぎて、よもやこのまま産まれてくるとは思わなかったらしい。なので、分娩室入る用のスモッグというかエプロンというか手術着みたいのを着てからも、しばらく陣痛室で待機したりしてたらしい。
「いーたーいー」
「赤ちゃん挟まってるからね、これは陣痛の痛いのとは違うよー、陣痛きてないときは休んで」
 ここまでくると、もはやいつも概ね全体的にとにかく痛いので、神経を研ぎ澄まさないと「比較的痛くない時」がよくわからなくなっていた。こんな痛いのに休めるかよ!!と思ってたけど、取りあえず頑張って力を抜いていた。

18:15頃
 そうこうしている間に先生到着。それから破水、だったかな?破水はかなり遅かったとは思うんだけど、時系列がよくわかんないや。その後きっちりぱちぱちと切開され、わりとすぐに生まれてきた。あ、切開は痛くなかった。麻酔してたかもしれないけどよく覚えてない。

 産まれた直後のちびを見たとき、顔が青くなっていた&裸眼(両目合わせて視力0.3ないし)だったので、おなごなのに顔に痣つかせて産んでしまったのかと思った。しかしそれは、いわゆるチアノーゼの状態で、よくあることとのこと。…数分後に顔見て安心したけど、ちびごめんよ。

 取りあえず、全開付近(17:00~産むまで)はほんとに、理性飛ばしかけるくらい辛かったなあ。難産だった方は超お疲れ様だ。私はあの痛みと苦痛に、あれ以上は耐えられなかっただろう。無理だよ気が狂う…。痛いから意識を飛ばしたいのに、人ひとりうまなきゃいけないから意識飛ばしてる場合じゃない色々コントロールしなくちゃいけないってのが辛いんだよなあ…。
 あ、でも、よくいわれる「鼻からスイカ出すより痛い」っていうけど、そんなことはなかった。鼻からスイカ出す方が痛いと思う。生理痛のウン十倍という比喩は…まあ、合ってた。でも数倍~十ウン倍、くらいかな。私の場合は、だけど、瞬間的には耐えられない痛みではなかった。けど、一定間隔で長時間続くから、拷問的に神経やられるんだと思いました。

 後日の婦長さん曰く、「比較的おとなしく冷静な出産」だったそうで。まあ、凄まじい人は凄まじいみたい(参考サイトはいわゆる2chのまとめページのため、慣れない人にはわかりにくいスラング多数だと思うけど、面白かった)だからなあ。
 余談ながら、「旦那さんもちゃんと立ち会えてて、ナースの間で評判良いですよー」といわれた。非常に結構なことなんだけど、ゴメン、旦那の立ち振る舞いは殆ど覚えてない。陣痛室についてるトイレに駆け込んだときに扉閉める余裕がなくて、旦那が閉めてくれた時に「あーこの人と結婚して良かった」とかは思ったけど。でも分娩台では「汗もっとさくさく拭いてよ暑いよかゆいよムキー(でも痛いのでまともに言葉にならない)」と思ったりもしてたけど。

コメント

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://hayamisay.blog62.fc2.com/tb.php/119-198c48fc

Twitter「つぶやく」ボタン
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。