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共同幻想論の楔 

 タイトルは仰々しいけど、内容はおそらくまるきり逆方向。わかんなかったって話だから。これに関しては、ネタバレとかそういうのまったく考慮してないです。わかんなかったって話だから。余計な装飾を挟むと完全に懐古モノになってしまうので、ばっさばっさと記録するか。

 昨日、一般教養として知っておくべき映画とか小説とか音楽教えてくれ をざーっと眺めて、「教養・常識ってここなのか?」とウンザリしてしまったのが発端。
 あ、ちなみに、他の小説だのなんだので「なに意味ワカンネーこと突然いいだしてんだ」と思ったときは大抵聖書を踏まえてる、ってことがわかりやすくていいと思うので、旧約・新約聖書は一般教養なんだと思う。何故か、暗喩は聖書ベースが非常に多い。
 あと、「そして誰もいなくなった」「オリエント急行の殺人」は齢を重ねるにつれネタバレに触れる機会が圧倒的に増えるので、もうタイトル知ったらすぐくらいの勢いで読んでおいた方が嬉しい気がする。

 閑話休題。私にとって、10代のときこのリストに代わるものって、立花隆の「僕はこんな本を読んできた」って本だった。私は立花隆大好きっ子だったのでこういうセレクトになるわけだ。読んだ方はご記憶にあるか、「平和な時代の中高生がこれ読んで、何を思えというのか」というものが多数だった、はず。まだそういう判断もつけられないお年頃だったのよねー。
 基本的に私にとっての読書は現実逃避だし、ほっといたら絶対触れないような本たちではあるが、自分の読解能力的に読むことは可能であるかどうか試そうか、何か楽しいことが待っているのか、勧められるからには何かあるに違いない、と、いくつか読んだ中に、「共同幻想論」があった。
 この本が理解できなかった。文章の一つ一つ、段落の一つ一つ、書いてあることはわかる。取りあえず最後まで読めた。しかし、核なのか輪郭なのか色なのか前提なのか全容なのかもよくわからないけど、何かが伏せられてると感じた。伏線だらけなのに伏線張ってない!と主張されてるような。なにせ理解出来ないもので、こんなえらい抽象的ないいかたしかできないんだけど、とにかく何かがまったくわからなかった。取りあえず何がわからないのかくらいは把握したいと、メモまでとりながら何度も読んでみたけど、結局わからないままで、「ああもういいです。わかりました私の脳はこの程度です」と諦めた。これを前提に議論できる人ってどんな頭の構造なのか、と目眩がした。本読んでて「何がわからないのかもわからない」というのを多分そのときに初めて体験したのです。それまでは、わからないものが何なのか位はわかってたから。

 で、月日は経ちまして、上記のリストを眺めつつ、「そういえば挫折した本があったな…」と、今なら書評や「わからなかったこと」を解説してくれてるサイトなどもあっさり見つかるのではないかと、検索してみた。まずは定番wikipedia。

共同幻想論

それは、共同幻想論は難解というよりも、きわめて不明瞭な本であり、ロールシャッハ・テストのように見る者によって多元的に解釈できてしまうからである。


 ああ、そーいうことだったのね!!そこらの書評よりストレートで助かりますがな。
 私に出来なかったのは、読解能力に付随する理解ではなく(いや本の意図が読めなかったんだからこれは確実にあるけど)、自分の前提を確認することと、その先へ進むこと。出来ねーよ。当時ひたすら「本から得た理性や価値観しかない」ことにもがいてた私に、この能力は無かった。今も多分無い。私にあるのは自分にとっての取捨選択へのプライドだけ。
 ロールシャッハでいう、蝶に見える、帽子に見える、ここの部分がナイフに見える、みたいな感想すら持てなかったほどに、私には何もなかった、ということなんだろう。うん。特に政治的な思想はまっさらに近いと思う。単純に、全体主義とかファシズムみたいなのには嫌悪感があるくらいで。政治的なものに理想を持つと生きにくい、というのを感じてたのかもね。というかそう思ってます。

 というのが、あの一文を読んでざあああああっっと染みた。すっきりしたというか脱力したというか、方向違いなことを教えてもらったというかお前は無理だったの当たり前といってもらった安心感というか。わからないものがわかった。


 話はちょっと変わるんだけど、思想書の類、今は随分と読みやすいんだろうな。よくわからない単語などに出会っても、ぐぐればすぐに教えてもらえる。うまくhitすれば、背景や前提条件、周辺情報も教えてもらえる。昔なら、いちいちこの辺を理解するにはこの本を読まなくては、というのがあって、それはそれでいわゆる「読書遍歴」という自分の思想を組み立てる一部になるけど、私みたいに読んでも次から次へと忘れていく人間にはひどくしんどかったので。

 私の血肉になっている一冊は、フロイトの精神分析学入門かなあ。実家に帰ったら正確なタイトルわかるんだろうけどちょっと思い出せない。文庫で青い奴。内容自体をばっきり覚えてるわけではないけど、血肉になってると断言する。本読みながら「自分のことで」大泣きしたのは、後にも先にも、あれだけだ。泣きながら読んでて痛いところを何度も読んだ。

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